思いを届けるたまり造り
「しょうゆ」と「たまり」の違いを知っていますか?
今や、東海地方でもその違いがわかる人はほとんど居なくなりました。
「トロリとしている」、「色が濃い」ということは知っていても、多くの人が「たまり」はおさしみ専用しょうゆと思っています。
現在日本には「こいくち」、「うすくち」、「たまり」、「白」、「再仕込み」の5種類のしょうゆがあります(魚醤は除く)。みなさんが普段「しょうゆ」と呼んでいるものは、分類上は「こいくち醤油(しょうゆ)」と呼ばれるもので、関東を中心に全国に広まっています。
「うすくち醤油」は関西で多く使われ、山口県には「再仕込み醤油」があります。そして愛知・岐阜・三重の東海地方のしょうゆが「たまり醤油」なのです。(「白醤油」は愛知県三河地方の発祥です。)
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工場見学に訪れる人と話をしていると、「色の黒い(濃い)醤油」=「たまり」は辛いと思っている人がたくさんいます。とろりとして真っ黒な「たまり」は辛く、色の薄いうすくち醤油は一番塩分濃度が低いと勘違いしている人が多いのです。色が濃いのは醗酵(はっこう)熟成期間が長いからであって、塩分濃度とは関係がありません。大豆の成分がメイラード反応という茶褐色化していく反応によって色の濃淡ができるのです。熟成期間が短かければ色は薄く、長ければ濃くなります。見方を変えれば、熟成期間の長い「たまり」はまろやかな味になり、熟成期間が短い醤油は塩辛いということでもあります。
加えて「たまり」は麹(こうじ)に対して使用する水の割合が、しょうゆの半分から1/3と少なく、その中に大豆や小麦の旨味(うまみ)が凝縮されていることがトロリとしたコクを生み出しています。それゆえ数十年から百年以上使い続けた杉の木桶(おけ)で、2年以上じっくりと醗酵熟成させた「たまり」は見た目とは裏腹にまろやかで旨味たっぷりの芳醇(ほうじゅん)な醤油なのです。
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冬場の麹づくりから始まるたまりの仕込みは、外気温や湿度によって左右されるため職人の長年の経験とデータが頼りになります。春から夏にかけて醗酵が盛んになり、1年を過ぎる頃から塩角が取れ始め旨味が増していきます。そしてさらに1年熟成させることで料理人が納得する旨味へと変貌を遂げます。
そしてその2年の間、職人が手を掛け続けることで「たまり」としての味わいが形成されるのです。それは生まれたばかりの赤ちゃんが20年の歳月を経なければ大人にならないように、たまりが十分な旨味を蓄えるためには2年という時間が必要不可欠なのです。
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全国各地の醤油メーカーが次々と廃業し、明治時代から比べると1/10近くまで減ってしまった醤油業界の中でたまりメーカーも例外ではありません。高品質の醤油が効率的に大量生産され、地方の零細メーカーが売り場を失い続け、価格競争の中でさらに淘汰(とうた)が進んで行きます。多様化する調味料の中で、「たまり」という個性だけでは生き残りが難しい環境になりました。
調味料という脇役の存在から脱皮し、独自化、個性化を目指し生き残るためのさまざまな方策を考えなければ、「たまり」の短所が長所に変貌することはありません。ひとりひとりが自分の人生の主役であるように、「醤油(たまり)」を主役にする。
それこそが私に与えられた仕事だと思っています。
文 / 山川 晃生(山川醸造)
杉の木桶でたまり醤油を造り続ける山川醸造株式会社天然醸造味噌・醤油蔵元
山川醸造株式会社
http://www.tamariya.com/