第77回 正倉院展へ・奈良県 ニュー

奈良公園の北側、東大寺大仏殿の裏手から少し歩いた先の正倉院には、聖武天皇(701-756)の遺愛品だけではなく、さまざまな仏具や調度品など、今から1300年ほど前の貴族たちの華やかで仏教に強く影響を受けた天平文化を代表する品々を含め、約9,000件の宝物が納められていました。
2025年の秋空が広がる頃に、奈良国立博物館において2週間ほど開催される「第77回 正倉院展」(開催期間:10/25〜11/10)では、そのうち初出展6件を含む67件が出展されます。
正倉院展で出展される宝物は毎回異なっており、一度出展された宝物は少なくとも10年は再び目にすることがないと言います。

会場に入って最初に出会う宝物は、聖武天皇が愛用した花唐草や鳥の文様が美しい寄木細工の双六盤である「木画紫檀双六局(もくがしたんのすごろくきょく)」です。
象牙製のサイコロである「双六頭(すごろくとう)」を振って、木画紫檀双六局の盤上に配置した水晶や琥珀などで作られた青・緑・黄といった色鮮やかな駒である「双六子(すごろくし)」を進めて遊ぶバックギャモンに似たルールだったと考えられており、禁止令が出るほど人気を博したとのことです。
他に貴族たちが遊んでいた遊具として、投壷矢(とうこのや)と投壷(とうこ)が出展されており、宴会後の余興として壺に矢を投げ入れて点数を競い、負けた方が酒を飲むという現代でも熱狂しそうな遊びで、酒に酔ってご機嫌となった貴族たちが矢を投げている様子が目に浮かんできます。
個人的に特に目にしたかったのは、14年ぶりの出展となり「蘭奢待(らんじゃたい)」として広く知られる「黄熟香(おうじゅくこう)」で、テレビや書籍で度々出てくる香木です。
聖武天皇以後の時代に正倉院に納められたと考えられ、足利義政や織田信長らといった各時代の権力者が天皇の許可を得て、蘭奢待の一部を切り取り手にしたと言います。
蘭奢待はアクリルで囲まれているため、残念ながら少しずつ失われつつあるという最高峰の香りを嗅ぐことはできませんが、今まで実感できなかった大きさや質感などを隅々までじっくりと眺め、もしこの瞬間に絶対的な権力を手にしたならば、蘭奢待のどこを切り取ろうかと考えてしまいます。
他には、貝殻片で文様を表す螺鈿(らでん)によって飾られた鏡である「平螺鈿背円鏡(へいらでんはいのえんきょう)」や、752年と1185年の東大寺大仏開眼会で大仏の瞳を点じた長大な筆で珍しい仮斑竹(げはんちく)を人工的に表現した「天平宝物筆(てんぴょうほうもつふで)」や、 1952年に収録された実際の音が会場内に流れる円形の胴を持つ楽器である「桑木阮咸(くわのきのげんかん)」など、目を見張る宝物が一つ一つ並んでいます。
展示の後半になると、報告書や決算報告書、備蓄米に関する記述がある古文書が展示されており、当時の役人が筆で書き記した漢字の一字一字を目で追って、その丁寧な仕事ぶりに感心し、展示の最後を飾るコバルトブルーのガラス杯である「瑠璃坏(るりのつき)」の美しさに目を奪われ、今年の正倉院展を締めくくることになります。
もう心残りがないくらいにそれぞれの宝物を堪能して会場の出口に向かう頃には、来年の正倉院展では何が見られるのだろうと早くも心が躍っています。

満足げに奈良国立博物館を出たところには、館外特設の売店や休憩場所があり、そこで販売している「正倉院展記念特別薬膳弁当」を手にすることは、正倉院展とあわせての楽しみとなっています。
弁当を開けると十六穀米に、素肉(大豆肉)の黒酢入り甘酢炒めや蟹肉焼売、クラゲの甘酢などが並び、どれもとても美味しく、食べながら正倉院展で手にした新聞社が発行するタブロイド判「正倉院展特別版」で今回出展されていた宝物の写真や説明文を読んで、再び余韻に浸ることができます。

奈良公園を離れ西にしばらく向かうと、かつて聖武天皇が暮らした都の遺構が残る「国営平城宮跡歴史公園」にたどり着きます。
昼時だったので食事中や散歩中の人がいる広々とした公園では、復元された平城宮の正門である朱雀門(すざくもん)や天皇の即位式などが行われた大極殿(だいごくでん)、大極殿への門となる大極門(だいごくもん)と東楼(ひがしろう)、これから復元が始まる西楼(にしろう)のために施工中の建物を保護する素屋根(すやね)を目にすることができ、ここに都があったことを改めて知ります。
いずれ、大極殿を囲み、西楼・大極門・東楼とつながる築地回廊、そして内庭広場が復元される予定になっています。
近い将来に、小さな模型やCGではない実際の姿に近い平城宮が蘇ることが楽しみでなりません。
平城宮跡歴史公園内には、いくつかの平城宮にまつわる資料館や展示館があります。
それぞれの館内には、平城宮のこれまでの調査研究成果の展示や、平城宮内の天皇や貴族たちの生活や仕事が模型で再現されており、当時の栄華を極めた平城宮の姿の一端を知ることができます。
今回の正倉院展で見た物に近い、一般の貴族たちが使ったであろうすごろく局(双六盤)や、奈良漬の原型となった瓜(ウリ)や奈須比(ナス)の粕漬け(加須津毛)をつまみながら食事をしたのだろうか、瑠璃坏(ガラス杯)が食事の再現展示の中に置かれているのを目にすることもでき、また役人たちが筆を手に丁寧に紙に書き記していた室内の様子なども分かるようになっています。
秋風が吹き抜ける平城宮跡ですが、太陽の心地よい日差しが風の冷たさを和らげており、暖かいです。
ひととおりの遺跡跡を巡って小休憩するために地べたに座った場所は朝堂院の跡のようで、都があった頃に大極殿で即位や元日朝賀(がんじつちょうが)の儀式の後に、宴が行われたと言います。
ここで柿の葉寿司を頬張りながら、現代に蘇りつつある平城宮をぼんやりと眺めているのは気持ちの良い奈良での一日であり、やっぱり帰りに奈良漬をお土産に買っていこうかなとも考えてしまいます。

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